数字みてると眠くなる

1級ファイナンシャル・プランニング技能士。CFP。お金の知識をわかりやすく伝えることを目標に、記事を書いていきます。

2歳の終わりに・・・

言葉にするのが難しい事柄というものはたくさんあるが、2歳のかわいさを言葉にするのは本当に難しい。

とちょっと今回は長めのエントリー。

1歳ももちろんかわいいのだが(動物的観点から見れば2歳よりもずっとかわいい)、2歳のかわいさというのは、

こちら側の人間になりきれていないのに、こちら側に入ってこようとする、その両岸に足をかけている状態

がとてつもなくかわいいのだ。

 

オムツ一丁で、「ごちゅーもん、いかーがですかー」と始まり、「マスター!なんで裸なんですか?」なんて言うと、娘はそこは無視して、フライパンににんじん入れてシャカシャカやって、「どぞ!食べてくださーい」なんて言って、こちらが身が入らない食べ方すれば、「きちんと食べて!」と怒り、必死にパクパクやってるとまた、「ごちゅーもん、いかーがですかー」と延々20食くらい食べる遊びにも、ようやく飽きてくれると、今度は「パンダちゃんしゃべって」と私がパンダ役になって娘と会話する、脳のひらひらな部分しか使わないような遊びを延々また1時間くらいやらされて、へんな疲れが出てきて、ちょっと床に寝てみると「ママ、起きて!ママ起きてよ~」と遭難しかけた母にすがる、みたいな感じで泣き出すもんだから、「来年から幼稚園だ、あとちょっと‥」と自分に言い聞かせて、ぬいぐるみの山を掻き分けたり‥。

 

そんな穏やかな日もあれば、

 

娘がうどんを食べたいというので、昼時の行列が出来ているうどん屋に行った。でっかい桶に入った熱々の釜揚げうどんを注文したら、娘が自分で運ぶと言って手を出してきた。やけどしたら大変!と思って、かなり強めに制したら、そこから大泣き。店中に響き渡る娘の泣き声。うどんを食べるどころではなかったが、無駄にするのもなんだから、私だけとりあえず食べた。その間、座敷席で転がりながら泣き続ける娘。少し泣き止んだところで「うどん食べるか」と娘の前にうどんを差し出すと「いらない」と言って、思いっきり手でお椀を振り払いひっくり返した。頭に血が上った私だったが、この騒動に周りの目がこちらに向いていることに気づいていたため、黙々とこぼれたうどんを片付けて、一刻も早く娘をここから連れ出すための準備をした。娘の靴をリュックにしまい、お膳を返却するのは諦めた。娘を抱き上げて出口に進むと「うどん食べるー!」と再び大声で泣き叫ぶ娘。今度は店中の視線がこちらに向くのを感じる。「うどん食べるー!」「うどん食べるー」と暴れる娘を落とさないように必死に抱えながら、娘の泣き声のこだまを残して店内を出た。そこで今まで必死に抑えていた怒りが爆発。車のチャイルドシートに娘を括り付けると車に乗り込みドアを閉め、今まで冷静でいた自分を開放し、感情のまま娘を怒鳴り、叩いた。娘はすぐさま「ママ、ごめんなさい」「ママ、ごめんなさい」と泣きながら謝ったが、私の怒りは冷めやらず、運転しながら、まだ娘に怒鳴りちらし、そして自分も泣いていた。しばらく運転していると少しずつ理性が戻ってきた。その間もずっと泣きながら、謝っている娘。「ママ、もういいかげんに‥って。ひくっ‥ひくっ‥」「うどん食べに行く? 今度はもうああいうことしない」「しない。ひくっ‥。しない。ひくっ‥」と泣きすぎて、しゃっくりをしながら答える娘と、また別のうどん屋に行った。

 

こんな「ひょっとしたら、自分、虐待一歩手前だった?」と悩んだ日もあった。

 

来月で娘は3歳になってしまう。

半分動物、半分人間の時期から、確実に人間よりになってしまう娘に一抹の寂しさを感じる、というレベルではなく、「もう、このとんでもなく大変でとんでもなくかわいい時期はもう二度と来ないなんて、胸が締め付けられてちょっとだけ食欲なくす」ってくらい寂しいのです。

これは一人っ子だからかもしれないですね。

 

いや、3歳は3歳でかわいいのは知っています。

でも、2歳の、本能だけで生きているけれど、とりあえずこっち側に属しかけているー状態のかわいさは最強だと思います。

 

ばいばい。2歳のむすめ。

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